神秘和音
思いついた物語や、その断片や、何だか言いたくなった事を、
うつらうつら載せていくブログです。

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2010.10.30 Saturday ... - / -
# 本を読み、そしてこれから本を読む話



○「ドミノ」「図書館の海」:恩田陸:
 色んな会話、色んな状況、色んな景色、色んな音、色んな温度、色んな色、異論なき“物語性”の展開が垣間見られましたがその一つ一つの言葉も風景もどれもわたしの中を揺らさないので恩田陸が書店に並ぶ社会がインポなのか三白眼で素通りするわたしが不感症なのかそのどちらかです。

○「クジラの彼」:有川浩:
 新聞広告で見た「阪急電車」という彼女の作品の構成がわたしの求める群像劇の様相を醸し出していたのでその予習にと我が町の図書館より貸出いたしぺロリとたいらげた結果から申し上げるにもぅ好きにしなさい!一生やってなさいYo!お二人さんの明るい未来にッ!(^q^)祝言の口笛ヒューヒューッ!

○「悪貨」「徒然王子(第二部)」:島田雅彦:
 エンターテインメントを与えようとするならむかーしむかしに書いてた「ロココ町」や「未確認尾行物体」なんかのゲロ毒々しきニーチェ的超人おバカ伝説物語で十分だし毒針の抜けた甘美オペラを見せるなら「無限カノン」の三部作があればいいし「溺れる市民」みたいな短編集が一つありゃいいし希望への哲学思想を与えんとするなら「天国が降ってくる」を超えなきゃいけんじゃろうし、「悪貨」を読んでると、村上龍の「半島を出よ」とか「希望の国のエクソダス」を読んでた時のほうが楽しかったなって変な郷愁じみたものを覚えてやるせなかったでありんす。

○「ニート」:絲山秋子:
 今日も今日とて図書館へGO。伊坂幸太郎という人の「ラッシュライフ」を探すけれど貸し出し中だかなんだかでもう棚にはありんせん。伊坂のバカ!もう知らない知らない!憤怒沸き立ち、血肉は踊る、蔵書棚「い」の段をウロウロしこうなったらヤケだと「い」のつく名前持ちし作家を全滅させるべく伸ばした手の先に「ニート」の文字。姐さん直球やがね。芥川賞作家というジバンカバンカンバンに弱いことで有名な資本主義の負け犬民衆の一人、絲山秋子の「ニート」借りて帰ってきました。これから読んでみようと思います。

○「一千一秒物語」:稲垣足穂:
 ホランドの彼女タルホはホランドの子を身篭っており303通称デビルフィッシュの中でホランドはその事実を知ったようなそういう記憶があります。伊坂幸太郎が蔵書棚に一冊もないことに業を煮やした“わたし”は「い」のつく作家全てを根絶やしにしようと彼らの著書一冊一冊を手に取り辱めを与えます。そして「いな」の段まで伸びた“わたし”の手はその本を掴みアバズレよろしく開け広げたページの股座を覗き込んだところでようやく冷静さを取り戻します。「イナガキ・タルホ」それが、陵辱の限りを尽くした暴君の心の一番やらかい場所を締め付けた作家の名前です。
「タルホ」だなんてあんたどこのライトノベル作家のペンネームなんだか若ぇ若ぇ酸っぱいぜこのヤロウと鼻先三寸のところで嘲笑っていましたが奥付け・出版年月日が「昭和四十四年」とあるのを見て驚きいわゆる戦中世代的な何かかしらとその場でペラペラ作品を読んで見ましたらまぁ揺すぶられるわたしの心の振れ幅その震度たるや。絲山秋子「ニート」とともに借りて帰ってこれから読みます。

○「フィネガンズ・ウェイク」:J・ジョイス:
 探せども探せどもないないどこにもないと思っているものほど心のどこかでそれを拒否したり嫌悪したりしている真実はこの世の中の割とどこにでも転がっていたりしているものだと感じております。図書館で借りて帰ってきましたが「読める」とか「分かる」とかいう懸念はどうでもよくて、果たして「楽しめるか」という問題にわたしは直面するような気がします。フィネガンズ・ウェイクを楽しめるだけの経験や情報やセンスを蓄えてきたのか試されるような気がしてなりませんが「楽しみ」だという事実だけは動かざる事ニートの如しなので正直に正直に過去に諦めをつけ、これから読んでみようと思います。
2010.10.30 Saturday ... comments(0) / -
#   夢の信号


「こんにちは」“あ、こんにちは”「大丈夫?」“え?え、大丈夫です”「大変だったけど、何とかなるもんよね。昨日の、さ。」“は、ぁ…昨日?”「今晩から、奥の20畳分、和室のほう、やることになってるから。」“奥の20畳?”「そう、奥の部屋ね、階段上がらないほう。」“階段?あ、上がらないんですね?”「今晩からで、いいから。」
 割烹着姿の女が無表情でそう伝え、僕の右手に伸びる廊下へと消えていく。僕はその、しゃなりしゃなりした女の様を呆然と見送るしかない。手には、いつの間に渡されたのか一対の旗が収まっている。手旗信号は普通、紅白一対だったと思うが、持たされている物は黄色とエメラルドグリーンの旗で、霧だか煙だかで薄くぼやかされた視界の中で、そいつはいっとう目立っている。
 今晩から始まる、奥の20畳分の作業、その作業場は階段を上がらないほうの和室である、と念仏のように頭の中で唱え、反芻、反芻、しかし手に持つ信号旗の意味を知らずして何が出来ようか。

 廊下の中途、縁側に仁王立ちし、旗を振る。黄色とエメラルドグリーンのケバケバしい色彩が、穏やかに呆けた景色に毒気針を刺す。ただし僕は、手旗信号の何たるかを知らない。闇雲に、けれどいかにもソレっぽく、キビキビとした動作で目の前へ目の前へと手旗の信号を送ると、何かが起こると信じている。結局は何も起こらない。呼応なき信号の送信は続く。縁側から庭へ降りるのは、僕には許されていない。夜に備えて、この手旗信号だけは習熟させなければいけないはずだ。何せ20畳もある部屋での作業、完遂する労苦といったら計り知れない。
 まだ視界はぼやけている。臭いがないので、このモヤは霧かも知れない。

 虚空に向けて信号を送る僕の背後には100人を優に越える人数が集っていて、僕に背を向けてテレビを注視している。全員きちんと正座して、折り目の正しさが各々のピンと張った背筋に現れている。夕陽も射さない暗い畳敷きの居間の中、とても窮屈そうに身を寄せ合い、息も、意識すらも詰まってしまいそうな様子。そこまでして見るテレビ番組とは何か、気になった僕はテレビ画面を覗こうと目を細めるが、僕とテレビのあいだにある距離と、テレビの画面の小ささとの比率は最悪で、番組を観ることは出来ない。近くに座る女の子どもに尋ねようとするが、彼女はシリコンで出来た人型に変わってしまっていて、意思疎通をすら図れない。
 よくよく見ると、行儀良く正座していた一団は全てシリコン製の人型で、シュルレアリスム画家の好みそうな構図と質感とを和室の居間いっぱいに展開させている。それは気味悪くもなく異質でもなく、正統的なものでもなくて所謂ふつうでもない不思議な景色で、しかしテレビで何かしら番組が放映されているのだけは事実だ。僕はシリコン人形の穂波を一つ一つ掻き分け、テレビ画面を確認できる位置、最前列を目指して行軍する。きっとその番組は白黒のアナクロな内容で、あの小さすぎる画面には粛々と重い真面目な景色が広がっていると確信する。シリコン製の森は中々進みにくく、一体を押し分けてもゴムの反動が行く手に加重し、ザラザラともペタペタとも言えない触感が、行軍の士気を余計に阻む。早くしないと夜になる。僕は割烹着の女から賜った仕事に、少なからずの責任と誇りを感じている。
 うしろで誰かが、さっき一人で訓練した手旗信号を、僕に向かって送信してくれている気がする。僕にはその信号が何と言っているのか分からない。
 行く手を阻むシリコン人形の一人が、正座を崩して立ち上がる。
 庭の方から、甲高い音が聞こえる。もう手の届く位置にまで、夜は迫っている。

2010.10.19 Tuesday ... comments(0) / -
#   連休中の話


 「群像劇」というジャンルについて調べようと思い立つ、秋雨の日曜日でした。行楽に勤しむ恵まれし人々よ、書を持ち部屋に篭れ。

 インターネットで色々調べるうち、恩田陸という作家さんの「ドミノ」という小説、伊坂幸太郎という作家さんの「ラッシュライフ」という小説が捜査線上に浮上、外堀を固めて将を射よ、ねだるな勝ち取れさすれば与えられん、
 どちらの作家さんも、耳にしたことはあるがその著作を一冊も読んだことはない、まさに未知の経験、可能世界からの挑戦状、安倍公房・村上龍・島田雅彦・大江健三郎・中上健次で構成された私にとって、いわゆる「最近の若いヤツ」、「連邦の白いヤーツ(@ハライチ)」といった感じで何だかこう流行に乗りはじめた中学生諸氏の如き胸のチュクチュク踊る気持ちと財布を携え雨ぞ降る街へと自転車で颯爽と繰り出し図書館に着きましたらば、なんとまぁ、全部貸し出し中という皮肉でした。最近の若いやつの書いた小説は最近の若いやつらに人気だという事でしょうか。と申しますか恩田陸という人と伊坂幸太郎という人の年齢をすら知りません。作風なんて全くです。乙一、という作家さんも最近本屋さんでよく見かけますが、オツイチ、なのか、オトイチ、なのか、ゼータ・ハジメなのだか、わかりんせん。
 仕方がないのでもう一山越えたところにある隣町の図書館まで馳せ参じ候えば、恩田さんという人の「ドミノ」が一冊だけあったので借りてきました。購入すれば早いのですが、フリーランスの収入では1円単位で死活を分けます故。

 多元的な視点から一つの問題を眺め、文学のキュビスムみたいな感覚で一枚の絵を仕上げるのが、群像劇の定型といいますか、何だかセオリーのような気がするのですが、そうすると「なんや、結局わやくちゃした挙句、一枚の絵しか描かんのかいな」という反論も自分の中に浮かんできてそいつぁ悔しい。
 収斂させるのとは全く別な考え方としての、管理された雑然。物語としての成立よりも、ドラマに出来ないほど雑然とした超汎用的日常たちのクラスターにとてつもない魅力を感じるのでありました。

恩田陸:「ドミノ」 → 
2010.10.10 Sunday ... comments(0) / -
#   ひとり言話し




 昔々、高校生の頃に、初恋の人に会いたいがために部活動(吹奏楽部)帰りの駅でストーキングを決行。忘れまじ金曜の午後19時40分過ぎより始まれり宵闇ストーキング。ストーキングと言っても不肖私、平時は普通の人であらせられる高校生である故なんらの問題なし。ただただ改札口に立ち、恋う人来たらズのままに流れ去る人込みを眺め溜息を飲むのみ。
 この時に感じた、「人を待つ」というあのぼんやりとした、確固たる感覚、
そして「目の前でひしめき動き流れる風景と、立ち止まってそれを眺める自分」との間にある、無関係であるという関係性、
何より「こんなに多くの人が目の前を通り過ぎていて、その誰もが完全に“他人”であるという事実」と、
「ただすれ違い合うだけの“他人”という波を壊す、“関係性”という名の紐糸」
 そういう“関係”するという事について何か形にしようと、群像劇のような作文を作ろうと考えてたのですが、

99人の最終電車 井上夢人:著

上記のような、まさに「こういうのがやりたかったんじゃが」的なものをついぞ発見いたし候。途端にやる気の萎える事この上なし。リンクを多用して関係の網を張るという方法は、ウェブサイト上でしか出来ない表現方法だと思って意気揚々としていたのですが、そりゃー誰しもが思いつくワイね。手段は被っても、何かしら自分のやり方と言い方でシコシコ作れたらと考えし連休初日。
 仕事的には休みじゃあらんけぇ、もっちざんざんと雨ぞ降るがええが。行楽気分を吹っ飛ばせ!

 
2010.10.09 Saturday ... comments(0) / -
#   アカラタ・パルナジカ


 シャープペンを手にとってそいつを深く深く深く眺めているうち、ミチコちゃんはそれの名前を失ってしまっちゃいました。“シャープペン”という名前が、目に見えるプラスチックの表面から、芯の入る筒よりも奥まった深遠へと裏返しになって吸い込まれて消える感覚と同時に、ミチコちゃんは物につけられた名前を完全に失ってしまっちゃったのです。
 コンポのスピーカーからお部屋に響くこの音楽の曲名は何だっけ、この歌を唄う歌手の名前は何だっけ、音楽を鳴らすこの機械の名前は?音楽のデータが詰まったあの手の平ほどのキラキラした円盤の名前?音楽とは?……考えれば考えるほど、ミチコちゃんは自分の身の回りに溢れる物の名前が分からなくなりました。ふとイスを回転させ、部屋を一通り見回したミチコちゃんは、身の回りにある何もかもの物から、それぞれの名前が失われてしまっているのに気付きました。
 お部屋のカーテンの色の名前、机の持つ“つくえ”という名前やベッドの持つ“ベッド”という名前、苦労して手に入れたアイドルのポスターの、そのアイドルの名前、枕元に置かれたぬいぐるみのキャラクターの名前から“まくら”という名前まで、落ち着いて考えても決して、それらの名前がミチコちゃんの頭の中に戻ってくることはなく、いまや自分の名前だって危うい状態です。「私はミチコちゃん、私はミチコちゃん」とつぶやいて抵抗していたのも束の間、ついさっき、ミチコちゃんはとうとう自分の名前まで失ってしまいました。
 何もかもの名前が分からなくなったミチコちゃんは、自分の周りに名前の一切ない世界に恐れおののきました。それを呼ぶまいと使うまいと、何をするにも名前は必ずいるという事に気付き、怖くなりました。怖くなって、その怖さを消すために何か喋ろうとしますが、ミチコちゃんは何も言えませんでした。気付かないうちに、名前どころか言葉まで失ってしまっていたのです。こわい、うれしい、わたしはミチコ、こんにちは、おなかがへった、あしたはニチヨウビでおやすみ、あさってはゲツヨウビだから一時間目のまえにゼンコウシュウカイがあってちょっとダルい、そういう言葉は全部、ミチコちゃんの中で「こ」と「わ」と「い」とか、それぞれ“文字”に分解されてしまっていました。
 ミチコちゃんは仕方なしに、物の一つ一つに自分で名前を付けていくことにしました。それは重労働でした。徹夜をしました。徹夜(てつや)、という名前も、夜(よる)、という名前も失ってしまったので、ミチコちゃんは自分の苦労の度合いを客観的に測ることは出来ませんでした。だから疲れたのだけれど、疲労をあまり感じることは出来ませんでした。もちろん、“つかれる”という名前も、今のミチコちゃんの中にはありません。
 まずミチコちゃんは、自分のことを“アカラタ”と名づけました。由来はなく、ただひらがなやカタカナや漢字などの文字を、覚えてる限り紙に書き出し、その中から適当に付けたのです。幸いにして、ミチコちゃんはまだ文字と読みそのものまでは失っていませんでした。アカラタ、と名づけられたミチコちゃんは、その後も夜通し、日付が変わった日曜日も一日中、誰とも会わず、誰とも喋らないようにして、目に付く名前の分からない物全てに名前をつけていきました。

 月曜日になって、学校に向かう道すがらアカラタちゃんは、同じクラスのケイコちゃんと会いました。ケイコちゃんはいつものように“おはよう”と声を掛けますが、アカラタちゃんは“ベンデ”とだけ言って歩いて行ってしまいます。ケイコちゃんは笑いながらミチコちゃんに追いつき、昨日のコント番組の話題を吹っかけますが、アカラタちゃんは首をかしげて“ニズ、バーヌケのダジ?”“ソジェロはイザイ、ケ?”とケイコちゃんに問うばかりです。ケイコちゃんは目を丸くしてミチコちゃんの目を覗き込みますが、アカラタちゃんの目はしゃんと見開いていて、秋の朝日をキラキラ反射させて綺麗なままです。お肌のツヤなんか、日焼けしてちょっとガサついたケイコちゃんに比べると、まるで玉のよう。ミチコちゃんはミチコちゃんのままです。ただ、彼女はミチコちゃんであってアカラタちゃんでした。それだけのことで、ケイコちゃんは恐ろしくなり、学校に着いて早々、この事を先生に報告しました。
 アカラタちゃんは職員室に呼ばれ、質問を受けました。お前、昨晩のコント番組か何かに影響されただろう、と担任の先生が聞いても、“ベイノ!ギはちゃんずーデホ、”と訳の分からない返答ばかり。とうとう学年主任のおじいちゃん先生や、教頭先生までもがやってきて、アカラタちゃんに尋問を始めます。ふざけるのはやめなさい。“ベイノ!ギはネズーレカン・ピリーノ!”聞いていることに答えなさい!“ベイノ!ベイノ!そらんじかばかりでマズ!”クラスと名前、ちゃんと言いなさい!“ベイノ、エショラずるカルナ!ベイノ!”馬鹿にしてばっかりだ、おい城野先生、こいつの親御さん呼べ、“ベイノ!”
 アカラタちゃんは全く自分の話を聞いてくれない先生たちにむしゃくしゃしてしまい、職員室を飛び出しました。けど出て行ってもアテはないので、廊下の途中で足を止め、後ろから追ってきた担任の先生と教頭先生に捕まってしまいました。遠巻きに、興味の色を剥き出しにして事を眺めるクラスメイトたちに、アカラタちゃんは“自分の”言葉で真実を訴えますが、廊下に集まった好奇心の目は、その“言葉”を聞いた途端、まるで汚い物を見るような目色に変わってしまいました。アカラタちゃんの言葉はアカラタちゃん自身の言葉であって、他の人が使っている言葉ではありませんでした。もちろんそれは日本語でもなければ、外国の言葉でもありません。みんな、アカラタちゃんの訴えている言葉、その端々に現れる、初めて聞く“名前”、それらを理解出来ず怖くなってしまったのです。
 そのまま職員室には戻らず、静かな保健室に連行され、保健の先生と、学校常駐のカウンセラーの先生もやってきて、尋問は続きました。けどアカラタちゃんはアカラタちゃんの言葉しか使えず、筆談をしてもやっぱり他の人には意味不明で、ミチコちゃんのお母さんとお父さんが仕事を抜けて駆けつけても、アカラタちゃんの言葉は誰にも理解されないままでした。
 その日、ミチコちゃんは親御さんとカウンセラーの先生と、教頭先生とに連れられて、お医者さんのある街へ連れて行かれました。車に乗る際も、何度も何度も泣きながらアカラタちゃんは訴えましたが、「名前を知っている」人たちに、「名前を創ってしまった」アカラタちゃんの言葉は、やはり届きません。
 そのあと一週間ほど、クラスで「アカラタちゃんごっこ」が流行りましたが、それもじきに飽きられ、みんな忘れてしまいました。
 ミチコちゃんのことは、それっきりです。
 

2010.10.03 Sunday ... comments(0) / -
#   8時14分

 駅舎の窓から射す秋の朝日はひんやりとしていて、駅の構内に群れる人波を照らす。 8時14分である。
 グレースーツを着込んだ華奢なサラリーマンが、自動改札の入り口へとまっすぐ進む。そのまっすぐ進む先にテーラージャケットを羽織る老紳士がこちらへ歩みを進めている。老紳士の右隣にぴったり付き歩くOLのトートバッグの中からはペットボトル入り飲料の揺れる音が聞こえる。グレースーツの男は老紳士の進む道を左から横切る形になる。グレースーツが横切るのを目前にした老紳士は、うっと一瞬足止めを食らう。老人の真向かいから来た細身のOLの肢体は、彼を左に避けるよう滑らかに、手馴れた感じで重心を調整し始める。老紳士を交わした細身のOLは、その右隣のトートバッグの女をも身軽に避け、グレースーツの男の入っていった自動改札へと吸い込まれていく。細身のOLが消えていった向こう、駅構内からはポロシャツの青年が歩みを進めていて、右後ろから彼を追い抜く中年女性の二人組の勢いに気おされている。ポロシャツの青年の耳に掛かるイヤフォンからは、ファンクのリズムパターンを刻むバスタムとハイハットの音が漏れている。イヤフォン内を通じて過剰に低域を削り取られたその音を、彼の左前を歩くセーラー服の女子高生の耳が微かに拾い、彼女を不愉快にさせる。中年女性の二人組がポロシャツの青年を追い抜きざま、彼のショルダーバッグに体を当て揺する。不自然に揺れる彼のショルダーバッグを、真向かいから進んできた男子高生がちらと盗み見、そのブランド名を頭の中で予想する。頭の中に広がる有名ブランドの名前を一つ一つ吟味し始めた男子高生は、後ろから迫るOLのトートバッグからたぽたぽと水の揺れる音を聞く。セーラー服の女子高生はリーダにICカードをかざして、自動改札を通過する。彼女の通過した直後、彼女の一つ右隣の台が警告音を発して、ゴム製のドアを勢いよく閉ざす。グレーのカーディガンの男は、場都の悪さに引きつりながら改札口から一歩下がる。彼の真後ろに控えていたショートカットの女性は、彼が一歩下がったのに気付かず急に迫ったカーディガンの後ろ姿に驚き、あ、と小さく声を挙げる。カーディガンの男は、右手に持った定期券の有効期限欄に目を落とす。不意に生じた停滞に不満を覚えながら、女性が右隣の台へと流れていく。その彼女の対面側で彼女が通過するのを待つダークスーツのサラリーマンが、視界の左端にカーディガンの男を捉えている。ダークスーツの一つ後ろで順番待ちをしていたブレザー姿の女子高生は、彼女の右手から列を割ろうとする中年の夫婦を警戒し気を強張らせていて、夫婦に気付かぬふりをして急ぎ携帯電話の画面に目を落とす。行き停まった夫婦のうち女性の方が一歩後退し、夫は彼女の方へ振り向く。ブレザーの女子高生は携帯電話を見つめながら夫婦を邪険に避け、夫婦はそのまま切符売り場へと後進を始めるが、そのせいで整然と築かれていた列の均衡が崩れ、夫婦の進行方向に立っていたリクルートスーツの女の子が所在を無くし、その彼女の後ろに並ぶ3人のスーツ姿の男性たちは迷惑の感を露にしながら、それぞれ一歩と半分後ろへ下がる。最後尾で並んでいたサラリーマンの男が、目の前で立ち尽くすリクルートスーツの女の子の足を眺めていて、彼の左の列で並ぶハンチング帽の男は、髪の襟足に指を掛けくるくると遊んでいる。一列中、頭一つ分長身なハンチング帽の男を、そのまた左の列で並ぶ小学生の女の子が不思議そうに見上げている。女の子と目が合ったハンチング帽の男は笑みで返事をかえそうとするが、女の子の背後を通り抜けた男子中学生の一団が彼女のランドセルにカバンを引っ掛け、女の子のバランスを崩す。彼女の向かい側から歩き過ごそうとしていた中年女性がとっさに手を出し女の子の体を支え、中学生の一団に目をやろうとして顔を上げる。女性の上げた視線の先にはベビーカーを押す若い母親がいて、女性の目線はベビーカーの中へと吸い込まれる。中年女性の手を離れた女の子は、自分の前の空いた列を見てぱっと駆け出し、拙くも身軽に、大人たちの足の木立を縫って駅のホームへと消えていく。
 駅のホームから耳をつんざくブレーキ音が響き、目を伏せていた者は目を上げ、改札に並ぶ人を苛立たせ、巨人の洪水に埋もれ走る女の子は、その足を止めない。
 8時15分である。
2010.10.01 Friday ... comments(0) / -
#   CDを買ってきた話し





 ハービー・ハンコックというジャズのピアノ弾きがいて、たいそう有名なピアノ弾きで、その人が70年代にファンクという音楽に横走りしたという事実があったそうで、私はその事実をすら知らなくてマイルス以降だとかストラヴィンスキーだとかばかりです。そこでひょっこり買ってきたCDがハービー・ハンコック率いる「Head Hunters」というバンドの最初の一枚で、それはそれはもうファンタズマ/カントス。
 エレキトリカルな楽器が多く使われたその音の群れはたとえばむかーし放映されて最近も深夜にちょろっと再放送なんかされてた松田優作の「探偵物語」というドラマでBGMとして流れてそうな、古いけど新しい「ふるあたらしい」とか何とかな音と流れ、それに聞き入っていた今日の良き日。雷ぞ鳴る、秋ぞ降る。
 ジャケットの真ん中に鎮座ましますこのミカンのようなオレンジ的キャラクターは私に不安を与えます。眼が節穴のようで表情はなく、すぐ下の口のような長方形はパカンと開けっぴろげで、何でも受け入れるけどなんにも聞いちゃいないよ、何でも知ってるけどなんにも言えないよ、と言ってるように見えるのです。けど何度も見てると可愛く映ります。表情のないと言う事は、全能にして全智である証拠じゃなかろうかと思うのです。
 結局、そこにあるもの、と、主観との相互作用のような物なんじゃろなと思います。
 
 アルバム2曲目のすいか男のテーマのアレンジがもう一つ不安を煽り、且つ可愛いという「ふあかわいい」語呂的にはゆるふわカールとかなんだかその辺に似てる感じのアレンジで仕上がっていて、勝手に「ジャケットのオレンジくんのテーマ」と決めています。
 瓶口をエアリードの要領で吹いたような音のハミングのあと、にょっこりベースがパターンを弾き絡んでくるあたりがとても気持ちいいです。まったく異質な二つが合わさって“出来上がる”という感覚。ファンタズマ!

 Headhunters // 「Headhunters」
2010.09.23 Thursday ... comments(0) / -
#   海に行って来た先日の感想
 


 海に行ってまず気付き驚くのは、
 ・自分が普段住んでいる場所が、呆れるほど狭いこと
 ・潮の臭いのきついこと
 ・視界に収まりきらない風景の、おそろしいこと
 の3点です。

 潮の匂いのクサいのはフナ虫の現るる予感をニュータイプよろしくビビッと知らせてくれます。テトラポッドは彼らの温床です。テトラポッドにぶつかる波が攪拌した泡は工業排水みたいな不幸せさの象徴です。
 青くも深々しい空はとてもカメラに映らないので私はあまり写真を撮りません。レンズと網膜の奥で光が乱れます。その光が浮かぶ波の様はさながらウロコのようだなんて一々古い表現ですが真っ当至極!魅入ります。
 岩頭に立ち海を見据えそうしてその広さを感じない人はこの世にゃいないんじゃなかろうかと思います。すべからく広く、絶望的に深いです、空も海も。
 景色を楽しむだけの人と泳ぎを楽しむ人、先月の夏のさなかだったら焼きそばだとか水着のお姉さんだとかを楽しむ人もいたかも知れませんね、
 ただやっぱりその深い深い中でボンヤリしてると物の大小の差がとても大きく感じられ、つまらなくなります。
 広い場所で広いがままに過ごせたら最高じゃがぁと思った先日海を見てきた感想です。
 
 
2010.09.22 Wednesday ... comments(0) / -
#   星になった少年の話

〜古来より人は、この世の何でもかんでもを、空に浮かばせる事に長けていた。
 宙空には紙や鉄で出来た飛行機、モールス信号の打突音、携帯電話の電波、仄かな想いや恋心、ときどきテレパシー、中には抜け落ちた奥歯なんかが願掛けと共に浮かび上がらされ、はるか空の縁で網の目を作り上げていた。
 また遠く宇宙には、人工衛星や宇宙ステーション、餅を付くウサギ、果ては神話のエピソードに登場する架空の動物たちや道具なんかを、いくつもの天体と天体とを線で繋ぎ合わせて顕現させ、目に見える限りの天空いっぱいに描き、浮かばせていた。〜
 
 星座の光と人工衛星の点滅、コンビニ前に屹立する電灯の明かりと明るすぎる月光の明度。
 地上に降る光の宴会を視界の端に収めながら、少年はじっと、その夜の空のうるさい様を見据えていた。同じうるさいなら空の方がいい、と考えながら。
 少年は地上の色んなやっかみ事に辟易していて、その全部に吐き気を覚えるようになっていた。宿題、マラソン、友達、先生、お母さん、お父さん、少年の周りにあるものは皆、やっかみ事の種であり実であり、同時に吐き気の根源であり、少年にとってのひとまずの希望はこの場所にはないと感じていた。
 夜空には、星たちの明滅の隙間を縫ってあらゆる電波や信号や想いやらが、目に見えない網を張っている。その流れを絶つように、少年は少年の願いを一つ、空に飛ばす。重く念をかけられた願いは、ただ中空に浮かび、夜空の縁へと消えていくのみ。
 少年は次に、ベランダの物干し竿に吊るされていたハンガーを手に取り、空へ念じ放り投げる。くるくるとブーメランよろしく円弧を描いたハンガーは、しかし手元には戻らない。見えない上昇気流に乗ったかのごとく、夜空の縁へと浮かんで光る。
 目に見えるものが空へと浮かぶ不思議。少年の心は躍る。
 せんたくばさみ、植木鉢、物干し竿にスリッパ、それぞれに念を掛け空へと放ると、それらはやっぱり、空へと昇り、消えて光る。
 何でもかんでもを空に浮かばせるうち、少年は、自分も空に浮かびたいと心に願いはじめる。消えて光って星のようになった物たちと一緒に、騒々しい夜空の深みで暴れてみたいと考える。ちっともつまらない地上から浮かび上がり、何だか楽しそうな空の只中で面白おかしく過ごしてみたいと祈る。
 必然的な思いつきに従い、少年はうんと重い念を自分に掛け、ベランダの縁に乗せた足先から、暗闇の窓辺へと自分を放り投げる。風のない上昇気流が少年の体を揺らす、持ち上げる。くるんと引力が反転し、下腹部をふわりとなぞる斥力が少年を空へと浮かばせる ---

--- 気付くとそこは、夜空の只中だった。あらゆる光点がざわめき、人の想いたちが全くちぐはぐな井戸端会議を催し、欠けることのない月やすばる星の明るさは昼間のごとしで、少年はすっかり空の世界に魅了された。まったく、気に入ってしまったのだった。不安ややっかみ事は引力の重さと一緒に地上に置き捨ててきてしまったようだった。電波や信号や想いやらが編み上げた透明の救助ネットが少年の足元に広がっていて、落下の可能性はあれど、大怪我をする心配はどこにもなかった。
 空の只中、少年は神話の登場人物たちから彼らの昔話を聞かされ、誰かしらの投げ放った想いを拾い上げては胸打たれ、電波に乗って飛んできたメールを盗み見、宇宙ステーションの住居ブロックの屋根に風呂敷を広げ、真っ暗闇のピクニックに興じ、錯綜するテレパシーや信号たちの発する謎かけを解こうと躍起になったりして、空を満喫した。
 空は、地上から見たときと変わらず真っ暗な空間だったが、愉悦と好奇の光点がそこかしこで点滅していて、それら全部に、少年はすっかり満足していた。

 夜と朝と日暮れとが何度か巡った頃、少年は騒々しい空の光の中で、退屈を覚えた。光点は未だあちこちで輝き、神話の物語は佳境に入り、誰かが誰かに送ったテレパシーのなぞなぞも解けずじまいだったが、それら好奇な何もかもは結局、少年の心を射止めたものの少年の声に耳を傾けてくれることはなかった。何もかもが独りよがりのモノローグに過ぎず、みんな勝手に明滅を繰り返すばかりで、空にはやっかみ事すら在らねど、分かち合う楽しみもないのを知った。少年は、地上にいたときとはまるで違う孤独をようやく身に覚えはじめた。真空の宇宙が持つうそ寒さが、少年の体を震えさせていた。
 帰りたくなかった地上は依然眼下に広がっていて、少年はその地上にまたたく、煌びやかな光の明滅を一人見据えていた。
 夜空を見上げ、空へと逃げ浮かんだ日に見た、楽しげな光宴。それに似た騒々しさは地上にもあり、物語はそこで毎日更新され続け(夜空の神話は、結局完結された昔話でしかないのであった)、分かち合うための対話はそこかしこで行われ、行き先の決まっている意思強きメールや手紙が網の目を形作り、明らかな“生活”が営まれていることに、少年はようやく気付いたのだった。

 少年は地上に降りる決意を固める。やっかみ事の苦痛を強いられてでも、他人と生活する温度を欲する気持ちを新たに興す。夜空と同じくらいの光がまたたく、窮屈な地上へ向けて、宇宙ステーションの縁に足を乗せ、一気に体重をかける。
 宙空を駆け降りるはずだった少年の体は、しかし見えない網の目に全身を捉えられ、トランポリンよろしく元いた空間まで跳ね上げられる。地上から浮かび上がった他人の想念や公共の電波は、少年の予想を越えた情報量をもって網目を作っていて、その体を地上に降ろすことを頑なに拒んでいるようだった。
 幾度かの挑戦のあと、少年はいよいよ絶望していた。しかしそれは、ただただに真っ当な結果であった。つまり人は、古来より世の何でもかんでもを空に上げ放つことを得意とはしていたが、空に浮かんだ何でもかんでもを地上に戻す技術については、からきし研究を怠っていたのであった。

 人が浮かばせた何でもかんでもの雑然とした煌めきの中、少年はただ成す術もない。
 想念たちが広げるちぐはぐで意味不明な井戸端会議と、何十回と聞き飽きた神話の物語と、闇雲にうるさい光の明滅とに追いやられ、物言わぬ宇宙ステーションの縁でじっと座り込み、夜空のように幻想的で楽しげな地上の光を見据えるのみ。


2010.09.22 Wednesday ... comments(0) / -
#   社会

 能面を被ったサラリーマン男性が扉の向こうを羨んでいる。
 扉の向こうには嬌声を挙げる雌の猩々の群れ。男性の顔を覆う能面には侮蔑の色、羨望の色。
 色欲に満ちた仮面は涙を零せない。言葉を堕ろせない。
 嬌声を挙げる雌の猩々たちの顔には、雌の猩々の顔を象った仮面が被せられている。
 仮面の下には、意志重き少女の顔。
 無思想の集合であるために彼女らは仮面を被り、黄色い群集像を演じている。
 
 すべては舞台の上で起きた演じ事。
 仮面を剥がれる恐怖と演じつづける恐怖は、等しく。
2010.09.19 Sunday ... comments(0) / -
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